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道案内5

このシリーズも最後です
この城の裏側になります
不明門跡
一段と低い位置のある門、別名、あかずの門、2階建てで、物置に使用、1階部分は(床下)は門
普段は締め切られ、忍びの門である言われているが、現在門から外につながる道は不確認、
13-1-17-1不門跡
清水門跡
門の北側にある大岩の下から清水が湧き出て、どんな時でも枯れたことがないと言われている
この近くには水が染み出ていた所があった
13-1-17-2清水門跡
物見矢倉跡
木曽川に面した崖の上に、物見矢倉という建物があり、別名を木曽物見
展望がよく恵那山に連なる山々や山麓に広がる中津川市内等が見渡せる
13-1-17-3物見矢倉跡
13-1-17-4仕切り門跡
仕切り門跡
城の二の丸から本丸に至る南側の登り道には、崖沿いに石垣が築かれ、塀が設けられていた、仕切門の仕切の意味は二の丸と本丸との境、この先は本丸、門は屋根付の2間、4間半の建物の右側を物置として利用
13-1-17-5.jpg
的場
弓の稽古場としての的場が本丸と二の丸に設けられていた、的場の敷地は長さ30M、幅15Mで、剣、槍、鉄砲の稽古も、残っている的の土塁は長さ3M高さ1Mで、右側は石垣、左側と奥は土塀で囲まれていた
13-1-17-6的場
13-1-17-7.jpg
城案内は今回で最後です、
最後まで見た戴き有難うございます
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No title

こんばんは♪

山城とはいえ、よくもまあこういう険しい地形に城を築いたものですね。
しかも建設機材もない中世、人力だけで築いた石垣も見事なものです。

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No title

なべ さん こんばんは!

コメント有難うございます
昔の豪族は金と力で(今でも同じ?・私は金持ちではない)農民、下級武士等が駆り出されて作らせたのであろうが大変な時代であったと思う、この時代にいなくて良かったかな!
プロフィール

尾張小牧

Author:尾張小牧
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ブログをやり始めたばかりです、フィルムからデジタルに変更が2011・4月頃、
ニコンD750標準、望遠200mm シグマ500㎜
追伸・見たもの、感じたものを撮っています、また、感じたこと、思いついたこと等を書いています。
パソコンのアドレス変更(busi49@zm.commufa.jp

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